うなぎ・割烹 大江戸 十代目 湧井 浩之 氏

2013年07月号【第33号】

たくさんの想いが詰まった鰻重末永く愛される存在でいたい

日本橋に縁の深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第32回は、うなぎ・割烹 大江戸の十代目当主・湧井浩之氏。寛永年間の1800年、浅草の田原町で創業した大江戸は、その後、日本橋の中で何度か場所を移しながら、長い歴史を刻んできた。「時代の風を見極めつつ少しずつ変化することで、お客さまに“ずっと変わらない店”と言っていただける」と語る湧井氏に、鰻文化を守り続ける老舗の心意気について、また未来への想いについてうかがった。


かつては座敷が主流だった鰻屋のスタイル

 200年以上の歴史を誇るうなぎ・割烹 大江戸。現在の場所で営業を始めたのは、昭和21年(1946年)のことだ。当時、鰻屋といえば座敷が主流でメニューもなく、料理が次々と運ばれた後に鰻で締めくくるという流れだった。「その頃はかなり高価な食べ物でしたから、召し上がる方も限られていました。うちも名だたるお客さまに育てていただいたようです」と湧井氏は語る。当時、養殖技術は誕生していなかったので、鰻はすべて天然もの。冬は鰻が冬眠してしまうため、営業期間も限られていたという。
 建物は、現代の名工にも選ばれた数寄屋建築の棟梁が手がけたものだ。天井は船に見立てた船底天井で、いまでは貴重なつくり。好景気の頃にはこの座敷に常連客が夕方から訪れ、接待客と囲碁や将棋、麻雀を楽しんでから、ゆっくり食事を始めたという。
「昔は社用で利用される方がほとんどで、会社や部署ごとにお店が決まっていて、上司の方から部下の方へと引き継がれていたんです」。そして、90年代に入ると次第に夫婦や家族連れが増え、いまでは女性のみのグループも多いそう。

日本橋の同業仲間たちと「肉の会」を結成し、週に2回ほど集結。店が終わった後に美味しい肉料理を食すのが楽しみだとか。

湧井 浩之氏 1969年日本橋生まれ。中央区立常盤小学校から、慶應義塾中等部に進学し、大学まで同校で学ぶ。卒業後、京都「岡崎 つる家」での2年間の修行を経て、家業に入る。現在は日本橋本店のほか、2つの支店を切り盛りする。趣味は「食べること」。旅行に行く際にも、どこで何を食べるかが最優先課題。

 

時代の風を感じとる老舗の当主としての志

 日本橋に生まれ育った湧井氏は、大学卒業後に京都の料理屋へ修行に出た。下働きをしながら、さまざまな心構えを学んだという。本格的に鰻を扱うようになったのは、修行を終えて家業に入ってからのことだ。最初は串打ちを、続いて鰻を割く技術を身につけた。「長年働いている料理長から学びました。手取り足取り教えてくれるわけではなく、見よう見まねで覚えていくんです」。現在、店では1日に300~400食、丑の日には1000食を仕上げている。手にまめができたり、やけどをしたりと仕事はかなりハードだという。
 十代目を継いでからは、時代とともに新しいアイデアも加えていった。その一つが豊富なお酒のラインナップ。「先代と同じことをしていたのではダメ。新しいことにチャレンジしてこそ、“ああ、この店は変わらないね”と言っていただけるんです」。

店のいたるところに和のしつらえが施され、美術品や季節の花々がお客さまを迎える。

お客さまに喜ばれること、すべてがそこに結集する

 鰻の稚魚の不漁が話題にのぼる昨今、業界ではさまざまな研究が進められ、打開策を模索しつつあるという。いま、大江戸で仕入れている鰻は鹿児島、宮崎、静岡産のもの。「養殖場ごとに成長時期が異なるので、その時期にいちばんよい鰻を仕入れています」。
 お米は山形の農家から『夢ごこち』という種類を取り寄せている。「ご飯にタレをまぶしたときに美味しいお米、冷めても美味しいお米を探していたら、これに辿り着きました。米本来の香りも、もちもちっとした食感も、鰻にマッチする。生産者が情熱に溢れていて、一緒に美味しいものをつくっていきたいという気持ちになるんです」。

『2本いかだ』(きも吸付、3,990円)。開いたうなぎを半分に切らずに、そのままいかだのように焼き上げている。週休2日が定着した頃、「週末に何か目玉になるものを」と先代が考案した土曜限定のメニュー。

 そして“大江戸の味”を象徴するものといえば、なんといっても焼きとタレだろう。蒸し時間が長くて焼きはしっかりめ、外がパリッとしていて中がふっくらが理想だという。タレは甘すぎず辛すぎず絶妙の塩梅で、実は時代とともに微妙に変化してきた。「材料となる醤油などの味も変わってきているわけですから、江戸時代と全く同じというのはあり得ない。人々の嗜好も変わっていますしね。現代人は疲れているから甘めが好み。うちでも昔より砂糖を多めにしています」。
 “脳裏に焼きつく味”といわれる大江戸の鰻。バランスがよく、またすぐに食べたくなるのがその理由だ。「お重にはたくさんの人の想いが詰まっています。美味しい鰻をお出ししてお客さまに喜んでいただく、これ以外に願いはありません。鰻文化を後の世代に残して、これからも日本人に愛される存在でありたい。いつか世界中の人々に愛してもらえたら、これほど最高なことはありませんね」。

昭和30年代につくられた1階の椅子席。暖簾で仕切られたテーブル席は、ゆっくりと鰻を堪能できる居心地のよい空間。
DATA

うなぎ・割烹 大江戸
東京都中央区日本橋本町4-7-10
☎ 03-3241-3838