株式会社黒江屋 代表取締役社長 柏原和弘 氏

2012年03月号【第17号】

時とともに深みを増す漆器その魅力を広く伝えていきたい

日本橋に縁が深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第17回は、元禄2年(1689年)創業の漆器店・黒江屋12代目当主の柏原和弘氏だ。2007年に社長に就任し、漆器販売・紙販売・不動産賃貸など、歴史ある柏原家の家業を受け継いでいる。江戸時代、日本橋には「通り三軒」と呼ばれた漆器の大店が3軒あったが、現在、漆器店として残るのは黒江屋のみ。300年に渡る歴史とこれまでの歩みについて、日本橋との関わりを交えながら語ってもらった。


京都を発祥とし多角化していった商い

 日本橋を渡ってすぐ、南側のたもとに黒江屋はある。当主である柏原家は、寛永の時代(1624年~1643年)、京都で呉服や小間物の仕入れ販売業「柏屋」を営んでいた。その後、江戸・日本橋に店を開き、上方の品物を江戸で販売する、いわゆる「江戸店持京商人(えどだなもちきょうあきんど)」として栄えていく。そんな柏原家が「黒江屋」の経営を継いだのは、安永3年(1774年)のことだ。

株式会社黒江屋 代表取締役社長
柏原和弘氏 1959年生まれ。幼稚舎から大学まで慶應義塾で学ぶ。高校時代には将棋の全国大会で団体優勝を果たす。1981年慶應義塾大学商学部を卒業し、関東自動車工業株式会社に入社。1985年に家業に入り、2007年に黒江屋の取締役社長に就任。柏原紙商事のほか、倉庫・運送業や不動産賃貸業の会社も取り仕切る。
 

 漆器の名産地である紀伊国名草郡黒江村から江戸に出てきた人物が、元禄2年(1689年)に創業した店だったという。「一業に専念して他の業種には手を出さない“一業専心”を理念とする大店が多い中、柏原家は漆器販売のほか、天明元年(1781年)には和紙販売も生業に加えました。現在は、漆器販売業、板紙(いたがみ)という厚手の洋紙を扱う紙販売業、不動産賃貸業を経営の三本柱としています」。


日本橋「通り三軒」と呼ばれた大正~昭和初期

 いまの場所に店を構えたのは安政3年(1856年)だ。それから150年余り、この地で日本橋の移り変わりを見つめてきた。江戸時代には大名家に品物を納め、明治~大正初期には主に高級漆器を扱っていたが、関東大震災後は一般家庭向けの漆器需要の高まりを受けて幅広い品を扱うようになる。この頃、震災特需により、漆器業界は隆盛を極めたという。「当時の日本橋では“通り三軒”といって、黒江屋、きん藤(きんとう)、木屋が漆器店として繁盛していました。華族のお屋敷もお得意様だったようです」。

漆器は全国30 以上もの産地から集められている。ワイングラスやコーヒーカップなど洋食に合わせた商品も並ぶ。職人が絶えてしまった貴重な東京塗りの重箱も販売されている。

 第二次世界大戦中に空襲で店舗を焼失してしまうが、昭和21年(1946年)2月には早くも跡地にバラックを建てて営業を再開。混乱期であったことから、漆器のみならず電熱器やまな板、下駄や草履など多種多様なものを販売したという。ちょうどその頃、黒江屋を骨董品屋と間違えた来店客が、日本橋が木造だった頃の擬宝珠を売りに来る。「これも何かのご縁と思い引き取ったんです。ずっとしまい込んでいたのですが、よく調べたら“万治元年戊戌年9月吉日、日本橋御大工椎名兵庫”という刻印があることに気づいた。それで、由緒ある品だと分かったわけです」。その擬宝珠は、ビル入口のショーケースに展示している(詳しくは特集を参照)。黒江屋と日本橋との縁を感じる不思議なエピソードだ。

宮内庁にお納めする品には中央に菊の御紋が入る。木杯は皇族方が地方でお世話になった方々に贈られるもの。短冊箱は歌会初めで受賞者に贈られるものだという。

時代と時代を繋ぐ駅伝ランナーとして家業を守っていく

 古くから宮内庁にも漆器をお納めしてきた。会津塗りの木杯と、飛騨春慶塗りの短冊箱。いずれも気品に満ちた美しい品だ。同じ形の商品は店頭でも買い求めることができる。
 300年以上の歴史を持つ家業を継ぐにあたって、プレッシャーはなかったのだろうか。「子供の頃から、いずれは後を継いで欲しいと言われ続けてきたので、当たり前に受け止めてきました。自分の仕事は時代と時代を繋ぐ駅伝ランナーだと思っているんです。いま社会人1年生の息子にも、同じような気持ちで継承してもらいたいと願っています」。
 時代は巡り、生活習慣は変わっても、私たちの日常生活に漆器は欠かせない。正月や雛祭りといった年中行事においては、家族の思い出やその家の歴史を刻む名脇役として大きな役割を担う。「海外では漆器=ジャパンと言われるほど、日本を代表する伝統工芸品として認知されています。科学塗料が主流になりつつある昨今ですが、漆ほど優秀な塗料は他にはない。年月が経つほど味わいが出てくるのですから」。時代を経るにつれて深みを増す漆器。それはどこか日本橋の街の姿にも重なる。「これからもこの街に深く関わりながら、時代に合った商品を販売していければと思っています。これまで以上に地域に貢献できるような仕事をしていきたいですね」。

日本の伝統行事に漆器は欠かせない。ひな祭りには女の子のお節句らしく、愛らしい器を並べて。
DATA

黒江屋
東京都中央区日本橋1-2-6 黒江屋国分ビル2階
☎ 03-3272-0948
www.kuroeya.com