日本橋ゆかり 社長 野永 喜一郎 氏

2011年08月号【第10号】

江戸の食文化〝江戸東京野菜〟で日本橋を熱くする

 昭和10年(1935年)、日本橋2丁目で開業した「日本橋ゆかり」。初代が小料理屋から料亭にまで仕上げた店を、二代目・野永喜一郎氏は「これからは料理人がお客様と向き合う時代」とカウンター割烹へ転換。現在でも、和食界において国内外から注目を集める三代目・野永喜三夫氏とともに腕をふるっている。さらに日本橋料理飲料業組合の会長として街の活性化に、また江戸東京野菜の普及活動にも力を注ぐ。そんな野永氏が、日本橋ゆかりについて、日本橋の料理屋と街とのかかわり、伝統野菜について語る。


お客様と向き合えるカウンター割烹へ転換

 昭和10年(1935年)、日本橋2丁目に開業した小料理屋「日本橋ゆかり」。高級料亭で板前を務めた初代の腕前で多くのファンをつかみ大繁盛。小料理屋から割烹、そして芸妓も抱える高級料亭へと発展を遂げる。
 「親父の才覚や高度成長期のおかげもあり小料理屋から料亭へと店は大きく成長しました。ただ修業を終えて私が戻った際に、今後、『日本橋ゆかり』は料理を追求していこうと親父と話をしました。その中で、もう料理人が奥にいる時代ではない、カウンターでお客様と向き合う時代だ、と提案した。そしてカウンター割烹というスタイルにいち早く切り替えました」と二代目・野永喜一郎氏。今でこそひとつのジャンルとして認知されているカウンター割烹も、昭和40年代の東京ではまだ珍しく、料理人が主役となるスタイルへの転換は大きな話題を呼んだそう。
 進取の気象に富んだ江戸っ子らしい判断が、今の『日本橋ゆかり』へつながっている。

野永喜一郎氏 1942年生まれ。法政大学入学、その後に大阪の割烹などで修業を積み、26歳の時に「日本橋ゆかり」へ。家訓の「料理人は包丁を離してはいけない」を守り、今でも三代目とともに店に立つ。2001年より日本橋料理飲料業組合の会長を務める。
 

料飲組合の会長として飲食店と街を盛り上げる

 多彩なジャンルの飲食店がひしめく日本橋。同エリアの飲食店をつなぐ日本橋料理飲料業組合の会長でもある野永氏。「大正14年(1925年)設立の歴史ある組合です。昔は食糧統制や税の問題を解決するため、今は日本橋と業界の発展のために活動しています」
 現在の組合店数は230店舗、多いですねと声をあげると「親父世代の頃は、400店舗以上ありましたから、この30年で半減しています。ただ今の30代や40代の若手世代が街を盛り上げようと声をあげてくれるので、活気はありますよ」と話す。
 今春の日本橋架橋100周年には、組合をあげてスタンプラリーを開催。「震災でパレードが中止になる中、お客様の安全面を十分に考慮した上で、街や人を元気づける飲食店イベントができてよかったと思っています」
 ひとつ自慢なのは、と前置きして「ここ30年間、組合店からは食中毒が出ていないこと。中央区と連携した『食の安全・安心』を守る勉強会も頻繁に実施しています」と胸を張る。

店の名前にもなった、市川團十郎「助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の歌舞伎演目で河東節を務めたこともある趣味人の野永氏。飾られている絵画も野永氏の作。

江戸から続く食文化を守る江戸東京野菜の普及活動も

 練馬ダイコンや谷中ショウガならば知っていても、寺島ナスや滝野川ゴボウを実際に見たことのある人はどれぐらいいるだろう?そんな伝統野菜・東京江戸野菜の普及活動にも野永氏はかかわっている。
 「私自身、『京野菜』や『加賀野菜』のようになぜ『東京野菜』がないのか?と疑問に思っていたところ、江戸時代から栽培されてきた野菜の復活に取り組んでいる研究者・大竹道茂氏の活動を知りました。そこで復活に向けて協力したい、と平成19年(2007年)から『にほんばし江戸東京野菜プロジェクト』をはじめました」
 農家の視察、料理の試食会なども実施。また種を分けてもらい、日本橋の飲食店や商店、学校に配布して栽培促進活動も。自身も、寺島ナスを店で育てて3年目になる。
 「品種改良野菜に比べて手間もかかり、収穫量も少ないため普及しにくい。それでも江戸の食文化を守っていくために尽力する農家を大竹氏とともに応援していきたい」

戦災と震災、日本橋で受け継がれる相互扶助の心

 生まれも育ちも日本橋、そんな野永氏が今回の震災で思い出したのは「震災の帰宅困難者に髙島屋さんが空間を開放したと聞いた時、戦時中あのあたりで暮らしていた人は髙島屋内の防空壕に守ってもらったことを思い出した。昔と変わらず相互扶助の気持ちが受け継がれている街だなと嬉しく感じました」と話す。
 最後に日本橋で一番好きな場所を尋ねると、一番?難しいなと言いながらも「子ども時代の遊び場だった中央通り周辺かな」と笑顔になった。

シンプルモダンな造りながらも前庭の緑や石鉢に泳ぐメダカが温かみを感じさせる。同店は、2000年に東京建築賞を受賞。
DATA

日本橋ゆかり
東京都中央区日本橋3-2-14
☎ 03-3271-3436
www.nihonbashi-yukari.com