株式会社千疋屋総本店 代表取締役社長 大島 博 氏

2011年02月号【第4号】

水ぐわし売り出し170余年、果物文化を創造し続ける

 日本橋に縁が深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第4回目は、日本橋に創業して177年、株式会社千疋屋総本店の代表取締役社長大島博氏。「水ぐわし安うり処(どころ)」からはじまり、我が国初の果物専門店やフルーツパーラーを仕掛けてきた。果物文化の向上に情熱をそそぐ大島博氏が、創業時や日本初フルーツパーラーの話、自らが手掛ける品種改良について、新たなプロジェクトや日本橋への想いを語る。

千疋の郷で採れた果物で商いをはじめた“千疋屋”

 天保5年(1834年)、武蔵の国埼玉郡千疋の郷(現・埼玉県越谷市)で大島流槍術の指南をしていた初代・大島弁蔵は、道場の庭で育てた野菜や果物を船で運び、江戸葺屋町(現・日本橋人形町3丁目)で商いをはじめる。「江戸近郊の花見名所だった越谷近辺は、桃や柿などの果物畑も多かったようです。村で収穫した果物や野菜を江戸で売り、畑の肥料として売るため日本橋魚河岸で魚の内臓を船に積み込んで帰っていく、商才に長けた人だった」と代表取締役社長・大島博氏。

大島博氏 慶應義塾大学卒業後、米国コロンビア大学に留学。帰国後、輸出入業などに携わる。1985年、現社に入社。貿易部長や常務取締役を経て、98年に代表取締役社長に就任。
 

 弁蔵は出身地の名をとり「千疋屋弁蔵」と名乗り、「水ぐわし安うり処」と看板をかかげる。後に愛称で「千疋屋」と呼ばれ、それが屋号に。「水ぐわし」とは甘い果実のこと、桃、柿、栗等の果物や野菜、惣菜も販売していたそうだ。
 庶民的な商いは、2代目・文蔵の代で大きく飛躍。浅草の大店の娘であった妻・むらのおかげもあり幕末の著名人や高級料亭から贔屓にされるようになった千疋屋は、質のいい高級な果物を取り扱う店へと変わっていく。

西洋スタイルが大人気日本初のフルーツパーラー

 明治元年に日本橋室町へ。「3代目は、非常に賑わっていた室町に店舗を移転。また明治期は外国産のフルーツなども輸入されるようになり、新鮮な果物を揃えた日本初の果物専門店を創立したんです」と大島氏。そして米国に視察に出掛けた4代目は、ソーダファウンテンにアイデアを得て日本初のフルーツパーラーを開く。「当時、モガやモボ* などお洒落な男女は、千疋屋のフルーツパーラーに出掛けるのが流行スタイルだったそうです。内装やメニューなど西洋スタイルな店は、物珍しさもあって大人気でした」

フルーツジュース、ジャム、フルーツの瓶詰など、色鮮やかな商品がずらり。最近では、加工品も9割以上が国産果物を使用している

 さらに3代目からは、国内産果物や外国産果物の品種改良、果物を使った新商品の開発など、果物文化の向上にも情熱を注いできた。また輸入果物の発掘にも余念がなく「5代目の父は、『輸入果物なら千疋屋』の名に恥じないようにと、海外50カ国以上を渡り歩き、新たな果物を提供し続けてきました」


「高級路線」ではなく「ひとつ上の豊かさを」

 5代目と仕事に取り組み、老舗の良さと時代とのズレが見えてきた頃、代を受け継いだ大島氏。「社長に就任後、時代に即した千疋屋総本店を目指し『ブランド・リヴァイタル・プロジェクト』をスタート。手の届かない『高級路線』ではなく、お客様の手が届く『ひとつ上の豊かさ』をコンセプトに据えてロゴやメニューなどすべてを刷新しました」と話す。果物の品質にこだわりながらも数百円から買えるフルーツケーキやデザートなどを提案。若い人も気軽に愉しめるワンランク上のパーラーやショップへと進化を遂げていった。

 果物の開発についても「冬に販売する『冬マンゴー』を北海道で栽培中。宮崎産に負けないぐらい美味しいですよ。来年には商品化できるはず」と熱く語る。また「オリジナルの『クイーンストロベリー』(香川産いちご)や『出島の華』(長崎産みかん)は、冬から春にかけてお薦めです」と話はとまらない。代々受け継いできた果物への情熱。
 時代にあわせて変わるもの変わらぬもの、すべてを受け継ぎ輝かせ、次へつないでいく。


かけがえのないブランド 日本橋を発信していく

 大島氏の幼い頃、格好の遊び場だった日本橋室町エリア。愉しい思い出が多い日本橋の街づくりに積極的に関わる。「美しい水辺の光景を取り戻す活動、商売の神様・福徳神社の再建活動など、さまざまな活動に中心として関わっています。江戸時代の賑わいを取り戻すような企画を仕掛けていきたい!」と話す。
 好きな場所については「三越さんの地下通路に『熈代勝覧』の複製絵巻がかかっているんですが、絵を見るたびにアイデアが浮かびます。商人の表情やお店の様子などに日本橋の魅力が凝縮されている。かけがえのないブランド『日本橋』を多くの人に発信したい。そんな気持ちになれるから、絵の前が一番好きな場所です」と笑った。

*モダンボーイ、モダンガールの略。大正末期から昭和初期に西洋文化の影響を受けて、文化や流行を取り入れた先端的な若い男女のこと。

上/太陽をいっぱい浴びた甘味とほどよい酸味のある『クイーンストロベリー』(香川産いちご)はギフトにも大人気。
下/明るく開放的な店内は、いつも果物たちの芳しい香りが広がっている
DATA

千疋屋総本店 日本橋総本店
東京都中央区日本橋室町2-1-2 日本橋三井タワー内
☎ 03-3241-0877
www.sembikiya.co.jp