日本橋に縁が深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第2回目は、日本橋に創業して322年、有限会社神茂 代表取締役社長である井上卓氏。
日本橋の魚市場に店を構えていた商人たちが、余った鮫肉を有効活用するため“ かまぼこ”の技法を用いて作ったのが“はんぺん”だった。
商人の知恵から生み出された“はんぺん”を守り継いできた神茂の井上卓氏が、創業当時の日本橋について、食材や味へのこだわり、街への想いなどを語る。
江戸時代、日本橋に魚市場がつくられ、現在の日本橋の橋周辺は、板舟(いたぶね)と呼ばれる板の上に魚や干物を売る商人たちで賑わっていた。元禄元年(1688年)創業の神茂は、その板舟の権益を商人たちに貸しだす商いからはじまったという。
「板舟の商いからはじまり、市場で売買されていた魚でかまぼこを、鮫を使ってかまぼこの技術ではんぺんを作りはじめたと聞いています」と代表取締役・井上卓氏。江戸時代の魚市場で鮫の売買? という驚きを示すと「今でもそうですが、東京湾や相模湾は、鮫が産卵のため集まってくる場所として有名なんですよ。当時は、フカヒレが輸出品だったこともあって漁獲量も多かったんです」と井上氏。
冷凍技術もない時代、フカヒレ需要で余った鮫肉を何とか日持ちできる商品にできないか、と日本橋の商人たちの知恵から生まれたのが“はんぺん”だったのだ。
明治初期には、はんぺんの食材や製法なども確定。現在もほぼ変わらぬ食材、製法を守り続けている。食材へのこだわりについて「毎日、新鮮な青鮫とよしきり鮫を気仙沼から届けてもらっています。今でも冷凍のすり身などは一切使わず、生の鮫肉をさばくところからはじめています。やはり風味や味わいが大きく違いますからね」とキッパリ。
製法についても「さばいた鮫肉を1度こして、そこに山芋や調味料などを入れて石臼で練り上げ、最後に再びこします。2度こすことで、他の食材や調味料としっかりと混ざり合い味も整えられる、またきめ細かい滑らかな口どけになる」とこだわりは多い。
最後の仕上げも「ひとつひとつ木型に載せて9~12回ほど叩きながらかたどっていく。熟練の職人がつくりあげる、富士山のような美しい曲線も神茂ならでは」と手間暇は惜しまない。
最近では、はんぺんやかまぼこを筆頭に、練り物を使ったおでん種など、扱う商品もどんどん増えてきている。
「手軽に食べてもらいたいと個別売りをしていたおでん種をパック化した商品を開発しました。社内からは、老舗らしくないとの声もありましたが、結果はとても好評。お客様に商品をいただく機会も拡がりました」と井上氏。
守り続ける味や製法、その一方で時代にあわせた新しい変革をし続けてきたからこそ18代も商いは続いてきたのだ。
「今は食が多様化している時代。かまぼこ、はんぺんなどの練り物も和食ブームで見直されてきています。だからこそ、他社には決して真似のできない、神茂ならではの商品を作り続けていかねばと考えています」
日本橋を愛するひとりとして、再開発についても盛んにアイデア提案していると言う井上氏。「建築を見ることや街並みを考えることが好きなんです。ですからアイデアを求められれば、生まれ育った日本橋の街がどうなっていって欲しいか、という話はよくさせていただいています」実際に提案がカタチになったのが「むろまち小路」だ。
「神茂がある『むろまち小路』を整備する際、石造りの道にしませんか、とご提案させていただきました。街に暮らす人も遊びにくる人にも、落ち着いた雰囲気を感じる上品な通りにしたかったので、石選びや石の組み方なども細かくお話させていただいたんです」
好きな日本橋景については?「やはり『日本橋』の造形は素晴らしいなといつ見ても思いますね。橋のデザインも美しいし、橋を飾る麒麟や獅子の彫像などディテールまで強いこだわりが感じられる。特に階段下の広場から見る橋と川の光景は、すごく好きな風景です」
神茂(かんも)
東京都中央区日本橋室町1-11-8
☎ 03-3241-3988
www.hanpen.co.jp