紀文堂 二代目/東日本橋やげん堀商店会 会長 尾﨑 和雄 氏

2014年01月号【第39号】

人と人を繋ぐことで東日本橋を盛り上げていきたい

日本橋に縁の深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第38回は、紀文堂 二代目の尾﨑和雄氏。昭和13年(1938年)に紀文煎餅店として開業した紀文堂は、長年、地元の人々に愛され、この地とともに歩んできた。東日本橋やげん堀商店会会長を務める尾﨑氏に、街の移り変わりとこれからの想いをうかがった。


地元で愛される昔ながらの手づくりの味

 尾﨑氏の父である紀文堂の初代は、明治23年(1890年)に両国で創業した紀文堂総本店(現在の店舗は浅草)で修行し、昭和13年(1938年)にのれん分けの形で開業した。戦争中は一家で新潟に疎開していたが、終戦を迎えるといち早く戻ってきて商売を再開したという。尾﨑氏が家業に入ったのは大学を卒業してすぐのこと。初代の仕事を見ながら、職人としての技を覚えていった。「当時この辺りは商店が多くて賑やかでした。集団就職で働きに出てきた職人さんや小僧さんがたくさん住み込みで暮らしていたんですよ。うちにもベテランの職人がいました」と振り返る。時代が下り、週休2日制が広まり始めた頃から住み込みが減り、仕事場から少し離れた場所に住居を構える人が多くなったという。

リズムよく菓子を焼き上げていく尾﨑氏。作業ではタイミングが重要なことから、一度火を入れると3時間以上焼き続けるという。「生地は湿度に弱いので、夏場は特に気を配っています」。

尾﨑和雄氏 1946年生まれ。大学卒業後に家業に入り、29歳の時、初代の逝去により二代目に。昔ながらの手焼き製法を守り、現在も店の奥にある作業場で日に数回、菓子を焼く。
 

 紀文堂の菓子は初代の頃からの製法を守り続けている。店の奥にある作業場には掘りごたつ式の焼き台があり、その中に座りながら、長年使い慣れた型を用いて人形焼や瓦煎餅などを焼いていく。取材時はちょうど餡の入っていない『やげん堀』という菓子を焼いているところだった。「これは赤飯に入れる豆“ささげ”をかたどっているんです。ちょっと珍しいでしょう」と尾﨑氏。熱した型に胡麻油を塗り込み、卵や砂糖、小麦粉、ハチミツからなる生地を手際よく流し込んでいく。焼き上がった菓子は次々に木箱に積み上げられ、店内には甘い香りが漂い始めた。

都電が走っていた頃の両国広小路(撮影年不詳)。かつて両国橋があった手前の広場は、いまよりももっと広かったのだという。その両国広小路沿いの角、まだ町名が“吉川町”だった頃に、創業時の紀文堂があったそう。

医者が多く住んだという“薬研堀” 昭和の時代に“東日本橋”に

 “東日本橋”の地名は、もともと薬研堀町、吉川町、米沢町、若松町、村松町などが一つになって“日本橋両国”となり、それが昭和46年(1971年)の住居表示によって改定し誕生した。この辺りには明治時代まで運河があり、堀の形が薬種をひく器具の薬研に似ていたことから“薬研堀”と呼ばれていたのだという。その名残はいまも、年末に“納めの歳の市”で賑わう薬研堀不動院や、尾﨑氏が会長を務める商店会の名称に見ることができる。

写真右/上は創業当時の紀文堂を写したもの。 真左/は昭和28年(1953年)に発行された木村荘八著『東京今昔帖』で、紀文堂についての記述がある。いずれも店の歴史を知ることができる貴重な資料だ。

水上交通の復活で新しい物語が生まれれば

 東日本橋も一時は人口減少が目立ったが、近年マンションの建設により家族連れの居住者が増えてきている。街の活性化に取り組む商店会ではこうした人々にも気軽に参加してもらえるよう、さまざまなイベントを実施している。“やげん堀縁日まつり移動商店街”もその一つ。20店舗ほどの商店が出店するほか、精巧につくられたミニSLが道路を走り、子どもたちに人気だ。「新しく店を開業した方や転居していらしたご家族に、どんどん街に溶け込んでもらいたいと思っているんです」と尾﨑氏は力を込める。“地域は人ありき”との思いがあるからだ。

現在の店舗は都営地下鉄東日本橋駅のすぐ近く。地元の住民や近隣で働く人々が自分用のおやつや手土産を求めて訪れる。

「将来的には川にスポットを当てた取り組みも進めていきたい。かつて隅田川と神田川の川辺は多くの人で賑わっていました。乗船場を開放して通勤時に水上バスを通わせたり、東京タワーから東京スカイツリーまでのルートができたりしたら嬉しいですね。川を通じて街に遊びに来てくれる人が増えればと願っています」。

写真上/毎年10月に薬研堀不動院通りで開催される“やげん堀縁日まつり移動商店街”。食料品店、飲食店、衣料品店などが出店する。写真下/毎年12月27日~29日に薬研堀不動院周辺に立つ“納めの歳の市”。正月飾りの露店などが並び、問屋が日用品を売り出す“大出庫市(おおでこいち)”と併催。
DATA

紀文堂
東京都中央区東日本橋2-1-2
☎ 03-3851-7501