株式会社 人形町今半 代表取締役社長 髙岡 慎一郎 氏

2013年12月号【第38号】

人形町を盛り上げ世界から憧れられる店を目指して

日本橋に縁の深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第37回は、株式会社 人形町今半 代表取締役社長の髙岡慎一郎氏。二代目である髙岡氏は初代の志を引き継ぎながら、「お客様第一主義」をモットーに、社員が活き活きと働ける職場づくりを目指して経営に取り組んでいる。店の歴史と未来への展望について、また日本橋人形町への想いについてうかがった。

 

明治期からの暖簾をいまに受け継ぐ

 人形町今半の歴史は、明治28年(1895年)に岡山から上京した髙岡常太郎氏が本所で牛鍋屋を創業したことに始まる。大正元年(1912年)には同郷の相澤半太郎氏と共に、規模を大きくして浅草に「今半」を開店。その後、髙岡家が現浅草今半として独立した。

幼少時から“末は跡取り”と言われ続けた髙岡氏。「父によく本格的なレストランに連れて行かれました。子どもでも一人前に扱ってもらえるのが嬉しくて、自分も大人になったらこんな店をやりたいと思ったものです」。

髙岡慎一郎氏 1958年生まれ。学生時代はアーチェリーに熱中し、大学では関東学生連盟の委員長を務めた。卒業後は3年半ほどコンピューター会社で営業職に携わり、家業に入る。2001年、代表取締役社長に就任。現在もスポーツに親しみ、フルマラソンを愛好するほか、新たに“空”の趣味にも挑戦中。
 

 人形町今半が現在の地に誕生したのは、昭和27年(1952年)のこと。髙岡家の次男だった髙岡陞氏が、当初は「今半 人形町支店」として切り盛りしていたが、昭和31年(1956年)に独立し、現在の名となった。
 店を構えてしばらくはお客さまが少なく、近くの麻雀店や美容院に出前ですき焼を届けていたという。「木製の箱に入った柳川鍋にすき焼を入れ、下の段にご飯を重ねて自転車で配達していました。すき焼弁当のはしりですね。これが評判を呼んで、徐々に店の名も知られるようになったんです」。昭和44年(1969年)には有楽町に初の支店をオープン。現在は全国に31店舗を展開している。

一年がかりでまとめた小冊子“人形町今半のこころ”。25の行動指針が書かれており、各店舗では毎日、朝礼の際に皆で唱和する。

お客さまの笑顔の源は社員の働く喜びにあり

 大学卒業後、コンピューター会社に就職した髙岡氏だが、初代の熱心な説得により昭和61年(1986年)に家業に入った。すでに社員数200名を数える会社だったことから「大型バスで社員旅行に行っていた子ども時代のアットホームなイメージとは違っていた」と振り返る。そして、これからの時代に注力すべきは社員教育だと考え、自ら提案して研修制度に着手する。「この時につくった手引きはいまでも活用しているんですよ」と髙岡氏。創業者の仕事は生業を興すことにあるため、なにかと荒削りになりがちだという。「二代目はそれを整えるのが役割だと思っています」。

厳選された黒毛和牛が存分に堪能できるすき焼。銘柄にはこだわらず、最上級の牛肉だけを仕入れているという。100年以上受け継がれている割下とともにいただく。

 社長に就任してからも、次々に新しい施策に取り組んでいる。例えば、新入社員全員に調理場を経験させるのもその一つ。調理場とサービススタッフとの信頼関係を高めるために始めたのだという。根底にあるのは「お客様第一主義」だ。「かつては、いかに社員に一生懸命働いてもらうかばかりを考えていたのですが、ある時、気づいたんです。皆が楽しんで働ける環境をつくらなければ、お客様の笑顔はつくれないと。それから方向性が変わりました」。
 そして一年を費やして“人形町今半のこころ”という小冊子を作成した。「お客様をお迎えする上での心構えをわかりやすくまとめたものです。飲食業界にはきついイメージを持つ若者が多いのですが、本当はすごく素敵な仕事で喜びも大きい。 その想いを社内で共有できないかと考えました」。

甘酒横丁の近くにある人形町今半。風格ある店構えが暖簾の歴史を感じさせる。日が暮れると随所に灯りが点され、ひときわ趣が深まる。

日本の地に“人形町今半あり”といわれるように

 店名の“今”の字には特別な意味がある。明治時代、政府公認の食肉処理場だった今里町で扱われた正規の牛肉を提供する牛鍋店だけに、この字の使用が認められていたという。「いまも、肉の質だけはどこにも負けないという自負があります」と力を込める。
 これまでもこれからも、人形町今半が目指すのは“ハレ”の日のための店だ。大切な日に誰かとすき焼を食べる、少し特別な日に人形町今半のお肉やお惣菜を買って帰る、そんな店であり続けたいと願う。「東日本大震災を経て、日本でしっかりと商売をしていきたいとの思いが強くなりました。世界から“人形町の今半に行きたい”と憧れられる店になりたいと思っています」。

浪花節の寄席があった地に建てられたという店舗。写真は昭和30年代のもの。「子どもの頃はお客様の少ない日曜日になると、よく店でおもちゃを広げて遊んだんですよ」。
DATA

人形町今半 人形町本店
東京都中央区日本橋人形町2-9-12
☎ 03-3666-7006