株式会社榮太樓總本鋪 代表取締役社長 細田眞 氏

2013年03月号【第29号】

温故知新の精神が息づく菓子づくり

日本橋に縁の深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第28回は、株式会社榮太樓總本鋪の代表取締役社長・細田眞氏。文政元年(1818年)に江戸へ出府した細田家の流れをくむ初代榮太樓が、日本橋の屋台で金鍔(きんつば)売りをしたのが店の始まりだ。『梅ぼ志飴』や『甘名納糖』『玉だれ』など、初代が考案したお菓子は、時代を超えた今も変わらぬ味が人気を誇っている。2008年に八代目取締役社長に就任した細田氏に、榮太樓ならではの菓子づくりについてお話をうかがった。


初代が生み出した庶民のための名作菓子

 今年で創業156年を迎える榮太樓總本鋪。「うちの店はもともと魚河岸の若い衆に可愛がられて育ったんです」と、細田氏の話は日本橋らしいエピソードから始まった。榮太樓の初代は当時、高価で薬としての役割もあった砂糖を、庶民の口に入りやすいようにお菓子づくりを始めたのだという。例えば『甘名納糖』は、雑豆であった金時大角豆(きんときささげ)を甘く柔らかく煮て、手頃な値段のお菓子として売り出したものだ。「京都の雅なお菓子とは成り立ちが違います。小腹を満たす意味合いがあったんですね。その原点を忘れずに、美味しくて気軽に求められる実質本位のお菓子をつくり続けてきました」。

甘辛両党という細田氏。店のお菓子の中で特に好きなのは、こし餡の水ようかん、金鍔、紅茶飴だとか。「実はチョコレートやケーキも大好物なんです」。

細田眞氏 1954年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日本郵船勤務を経て、1983年より家業に入る。2008年、八代目取締役社長に就任。趣味はゴルフと時代小説を読むこと。学生時代ボート部に所属していたこともあり船好き。小型船舶免許を持ち、休日にはヨットを所有する友人と海に出ることもある。
 

 時代の流れの中で味の研究を重ね、原料も吟味してきた。創業時からの人気商品『金鍔』には、北海道産の特定の小豆を使っている。他の商品でも積極的に国産原料を使用している。「でもそれを強調するのは野暮。声高には言わないんです」。このスタンスが、江戸の老舗の心意気なのだろう。


機械でつくれるレシピではなくレシピに合わせた機械をつくる

 榮太樓には世代を超えて愛されてきたロングセラー商品と、時代の風とともに誕生した新しい商品がある。「どちらもつくる姿勢は一緒です」と、細田氏の言葉は明快だ。榮太樓の歴史を紐解くと、菓子製造の文化史を垣間見ることができる。『梅ぼ志飴』の水飴を煮る釜が徐々に大きくなっていったり、燃料が薪からコークス、ガスへと変わっていったり。それでも基本のつくり方は変わらない。

季節ごとに限定商品が発売される『金鍔』。この時季は『桜金鍔』(3/1~4/30販売)だ。桜の花びらの塩漬けがほのかに香り、春の訪れを感じさせる。

 昭和30年~40年代の高度経済成長期には、菓子づくりの世界でも機械化が進んだが、この時もものづくりの姿勢は変わらなかった。「通常、機械でつくるお菓子は機械に合わせたレシピに改変するのですが、私どもは逆でした。うちのレシピに機械を合わせてもらったんです。お饅頭をつくる際に使う包餡機も機械屋さんと研究して、ギア比を変えたりしました。より手づくりに近いお菓子づくりができるように探っていったんです」。


華美にならないこと それが江戸のお菓子の真髄

 大学卒業後に日本郵船に6年ほど勤め、家業に入った細田氏。企画部門を経て、20年近く製造部門に携わった。1995年には、定番商品の『黒飴』をさっぱりとした味にアレンジした『黒みつ飴』を開発し、スーパーやコンビニなどの量販店市場に進出する。

上/ひな祭りに合わせて販売される『一文字桜餅』(2/5~3/3販売)。下/その少し後に発売される『道明寺桜餅』(2/15~3/15販売)。白色とよもぎがこし餡、紅色がつぶ餡。どちらも、葉っぱを取って食べるのがおすすめ。お菓子に移った桜の葉の香りを楽しみながらいただきたい。

 実は黒糖は榮太樓にとって、長年研究を続けてきた得意分野。さとうきびの汁を煮詰めてつくる黒糖は沖縄の離島が産地で、かつて沖縄が本土に復帰する前には、職人さんが沖縄まで出向き、品質を確かめながら買い付けていたという。生産管理が安定した現在は、西表島と小浜島のものを使用している。先の『黒みつ飴』や『黒飴』もこの黒糖を使った商品だ。近年は黒糖を軸に、飴やプリン、チョコレートなど他の企業とのコラボ商品も手がける。「“温故知新”は当社のキーワード。よいアイデアがあれば、皆で練って、実現していきます」。
 もう一つ、企業として大切にしているのが「味は親切にあり」という言葉だ。「江戸のお菓子らしさとは華美でないこと。目線を高くすることを“高上がり”といいますが、うちはそうはしません。菓子司という位置づけではなく、あくまで菓子屋。それはこれからもずっと変わらないでしょう」。

量販店市場に進出した代表的商品の『黒みつ飴』(写真左)と、ネスレ日本と共同開発した『キットカット榮太樓黒みつ』(写真奥)。いずれも榮太樓總本鋪が誇る黒糖を活用したもので、まろやかな甘さが特長。
DATA

榮太樓總本鋪
東京都中央区日本橋1-2-5
☎ 03-3271-7785
www.eitaro.com