日本橋に縁が深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第23回目は、濱甼高虎の店主・高橋欣也氏。伝統の技を守りながら、江戸の心意気や洒落を盛り込んだデザインに力を入れている。職人の町である浜町について、日本橋ならではの“ものづくり”についてうかがった。
「いらっしゃいませ。まだまだ暑いですねぇ」。ガラス戸を開けると、気っ風のいい声が迎えてくれる。店の奥に座る高橋氏は、手ぬぐいを小粋にかぶった半纏姿で“ 江戸の職人” を絵に描いたような出で立ちだ。「これは喧嘩かぶりっていうんですよ」と、さっそく手ぬぐいの結び方について教えてくれた。
濱甼高虎は昭和23年(1948年)、初代・虎雄氏が創業した。前は人形町で呉服の染元を営んでおり、その頃から数えると高橋氏は六代目くらいにあたるという。呉服小物をつくるようになったのは、先代が亡くなった28年前頃から。祭り半纏や手ぬぐいのほか、袋物を多数手がけている。「着物を着る人が減って、先代から『これからは、お前の好きなことをやれ』と言われていたんです。それで江戸の心を伝えつつ、職人の技を活かせる仕事はないものかと考えて始めました」。
一切合財、何でも入れられる『合財袋』や、江戸時代にはお守り入れとして使われ、現代では祭りの際のお財布や日常の小物入れに使われている『掛守』といった商品が人気だ。最近では、iPad用のバッグも製作している。「技術がよくても、時代に合わなければ喜んでいただけません。技術をどう活かすかは、時代で変わると思うんです」。趣きのある品々に憧れ、はるばる遠くから買い求めに来る人も多い。
デザインには、江戸時代の“判じ絵”の手法を活かしている。判じ絵とは、江戸庶民の娯楽だった謎解きのこと。言葉を絵に置き換え、音を合わせてユーモアたっぷりに表現していく。例えば干支のシリーズでは、牡丹の絵で亥年を表す。「ボタン肉=猪にかけているんです。干支がそのまま描かれていると、年齢がわかって嫌だという方もいるでしょう」。なるほど、確かにそうかもしれない。戌年は、犬がざるをかぶった絵だ。この意味は?「ざるは竹で出来ている。竹冠に犬で“笑”の文字。笑う門には福来たるってね、縁起のいい意味合いが隠されているわけ」。大きく描かれた羊は、羊と大の字を合わせて“美”を表している。未年の女性へのプレゼントにぴったりだ。
現在、店を支えるスタッフは6名。型染めの行程は、図案描き、型紙彫り、紗張り、のり置き、染めつけ。出来上がった生地を仕立てていく。かつては別々の職人が手がけていたが、いまは一人で3役ほどこなすという。「どの分野も専門職人が減っているんですよ。それでも紐などの素材以外はすべて手づくりが、高虎の信条ですから」。
先代の教えにより、中学を卒業すると同時にこの世界に入った高橋氏。「子どもの頃から絵を描くのが好きでね。アイデアは遊びの中から出てくることが多いんです」。歌舞伎や芝居の造詣も深く、それらはすべてデザインに反映されている。若い頃には、全国の祭りにも参加した。「半纏をつくるには、その土地の風土を知り、近隣の半纏の柄も知らなきゃいけない。参加しなければわからないですから」。
自ら道楽者だと語る高橋氏の趣味は、小唄と清元だ。「この辺りには芸事のお師匠さんがたくさん住んでいて、職人には清元を習っている人が多いんです。清元の技量で、その職人の仕事の腕が推し量られてしまうくらいで。私はお宝はちっとも残せなかったけれど、体に染みこんだ経験が自分の財産だと思っているんですよ」。江戸っ子気質のデザインは、一朝一夕で生まれたわけではないのだ。
濱甼高虎(はまちょうたかとら)
東京都中央区日本橋浜町2-45-6
☎ 03-3666-5562