有限会社 相鴨鳥安 代表取締役/歳の市保存会 会長 渡辺 秀次 氏

2012年01月号【第15号】

江戸から続く「納めの歳の市」を次の時代へ引き継ぐ

日本橋に縁が深い人たちにご登場いただく「まち・ひと・こころ 日本橋福徳塾」。第15回は、有限会社 相鴨鳥安 代表取締役の渡辺秀次氏。古くから多くの文化人、芸術家に愛でられ、六代目・尾上梅幸の芸談集「梅の風下」にも年の瀬に役者が集う店として記されている「あひ鴨一品 鳥安」。五代目である渡辺氏は神田明神の氏子総代を務めるほか、薬研堀不動尊「歳の市保存会」の会長として、地域活性化にも取り組んでいる。そんな渡辺氏に、鳥安の暖簾について、納めの歳の市と日本橋の未来について語ってもらった。


相鴨ひと筋に140年、各界の食通人に愛され続ける店

 鳥安はその名のとおり、「あひ鴨」一品を貫いてきた。お品書きも「すき焼きコース」のみと潔い。割り下を使わないのが、この店ならではの味だ。炭火に鉄鍋を乗せて、「ダキ」と呼ばれる相鴨のむね肉を焼き、おろし醤油でさっぱりといただく。「もともとすき焼きは“好きに焼く”という意味もあるそうなんですよ」と渡辺氏。専用の鉄鍋には「ダム」と呼ばれる窪みがあり、そこに肉から出た脂を溜めながら、焼き加減を調整する。このスタイルは、創業以来140年、ずっと変わっていない。

ふくよかな笑顔で客人を迎える渡辺氏。奥様とは幼なじみだとか。「なんでも分かっているから、本当に楽なんですよ」とひときわ相好をくずす。ご馳走さまです。

渡辺秀次氏 1949年、東日本橋の生花店「花槇」の次男として生まれる。玉川大学農業学部を卒業後、新東京国際空港公団に就職。鳥安の跡取り娘であった夫人との結婚を機に料理の世界に入り、1980年より五代目として店を任せられる。2011年より薬研堀不動尊 歳の市保存会の会長に就任。
 

 鳥安の歴史は、明治5年(1872年)に遡る。佐竹藩の江戸藩邸で留守居役を務めていた初代が、維新後、懇意にしていた五代目・尾上菊五郎丈の助言により相鴨料理屋を始めた。当時、相鴨は高価な食材で最高の手土産だったという。「江戸時代、大名は鴨猟の囮にするために庭に相鴨を飼っていたんです。おそらく、それを食べたのが、相鴨すき焼きの始まりなんじゃないかな。仕事柄、上手いものをよく知っていたんですね」。
 両国橋のほとりにある店は、趣きのある門構え。耐震強化のため、平成17年に建て替え、エレベーターも設置した。過去に明治、大正、戦時中と三度、焼失している。建て替え時には、かつての建物を惜しむ常連客が多かったため、玄関の雰囲気を変えないよう配慮し、部分的に部材も残した。

横光利一や谷崎潤一郎の作品にも登場する同店。大きな染め抜き暖簾に浮かぶ意匠は、初代大助氏が考案したもの。

 唐津焼の大家、第十三代・中里太朗右衛門氏もこの店をこよなく愛した一人だ。中里氏の希望で、それまで使ってきた鉄鍋用の専用テーブルと、それを使える和室を残したが「改装後にたまたま椅子席にお通ししたら、いたく気に入って下さって。すっかり和室の出番がなくなったんです」。お客様との絆を大切にする鳥安らしい逸話だ。

足が楽なようにと、改装後の部屋はすべて椅子席と掘りごたつ式。渡辺氏の生家「花槇」から取り寄せた生花が見事に活けられている。

一年を締めくくる 納めの歳の市

 江戸の「歳の市」は、注連飾りや羽子板、日用雑貨などの正月用品を売る市だった。12月14日の深川八幡を皮切りに、浅草観音、神田明神、愛宕神社、平河天神、湯島天神を回って、28日に薬研堀不動尊で幕を閉じる。そのため、薬研堀不動尊は「納めの歳の市」と呼ばれた。現在、浅草観音は羽子板市として残り、歳の市は薬研堀不動尊だけとなった。歌舞伎役者は年の瀬になると、鳥安で食事をし、納めの歳の市で買い物をするのが慣わしだったという。
 戦後に一時中止され、復活後は来場者が減少したが、昭和40年に町会、商店会により「歳の市保存会」が発足。同時に周辺の問屋街も協賛し、衣料品や靴などが安値で並ぶ「大出庫市(おおでこいち)」も併催された。近年は100軒の問屋が参加して、大変な賑わいを見せている。

左/食欲をそそる色合いの「ダキ」と、昔の鉄鍋。かつては柳橋の料亭やお稽古ごとのお師匠宅へ出前もしていたとか。右/改装前に使用していた鉄鍋は、釜の部分が茶釜のようなつくり。

祭りや催事で深まる一体感 人と人とのつながりが日本橋を支える

 かつて多くの繊維問屋が建ち並んでいたこの界隈も、バブル崩壊後にマンションが建設され様変わりした。それでも町の根っこは変わらない。「日本橋の歴史は場にあるんじゃない、人なんです。町の人と共有しているのはふるさとの風景ではなく、人同士の関わりなんですよ」。現代の世にあって、その言葉はなんとも羨ましく響く。
 近年では若い家族が定住し、子供も増えた。「これからもっと、子供たちが集まれる歳の市にしていきたいですね。私が子供の頃に遊んだ縁日みたいにね」。未来への期待を胸に、アイデアは尽きない。

昨年の様子。今年は2011年12月27(火)~12月29(木)開催。
DATA

あひ鴨一品 鳥安
東京都中央区東日本橋2-11-7
☎ 03-3862-4008
aigamotoriyasu.com